カトリーヌ・ド・メディシスとマカロンの伝説

マカロンの起源を調べると、かなりの確率でひとりの女性の名前に行き当たる。カトリーヌ・ド・メディシスである。フィレンツェのメディチ家に生まれ、1533年にフランスの王子アンリ(のちのアンリ2世)と結婚した人物だ。

よく紹介される筋書きはこうである。カトリーヌが嫁ぐ際にイタリアから菓子職人を連れてきて、その職人たちがマカロンをフランスに伝えた。フォークやアイスクリームなど、ほかにも多くのものが「カトリーヌが持ち込んだ」とされていて、マカロンもそのひとつに数えられている。

日本のマカロンの紹介ではこの話が定番になっていて、ナンシーの修道女の話やパリ風のマカロンの話より前に置かれることが多い。私も最初はそういうものだと思って読んでいた。

気になったのは、この話の根拠がどこにあるのかという点である。結婚の年やカトリーヌの生まれははっきりしている。ところが「職人がマカロンを伝えた」という部分になると、当時の記録を示している紹介にはまだ出会えていない。

名前の方からイタリアとのつながりを説明するものもある。マカロンという語は、イタリア語で練った生地を指す言葉と同じ根を持つとされる。ただ、言葉の由来がイタリアにあることと、菓子そのものがカトリーヌと一緒に来たことは、分けて確かめる必要がある話だと思う。

フランス語の文献では、ラブレーが1552年の作品の中でマカロンという言葉を使っているとされる。カトリーヌの結婚から20年ほど後のことで、その頃にはフランス語の中にマカロンがあったことになる。とはいえ、これだけではカトリーヌ説を裏づけることも否定することもできない。

この説がイタリア側でどう語られているのかを追っていくと、話はもう少し込み入ってくる。フィレンツェやイタリアの料理研究の資料に当たった結果は、別の記事にまとめるつもりだ。

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